フランス「シャネル」から染司よしおか工房見学に

2月21日 (金)、よしおか工房へ、フランス「シャネル」ディレクター、ドミニク・モンクルトワさん、社長リシャール・コラスさんがおいでになった。

NHKハイビジョン及び国際放送の「古代の赤に煌きを ─カラークリエーターの日本色彩紀行─」の取材のため、紅花染の工程を見学し撮影をされる。色と香をご覧になる「眼」が印象的でした。

2月23日 (日)、朝9時奈良東大寺へ、二月堂修二会、別火坊で行われている「椿の花ごしらえ」をシャネルの一行と見学。そこでもモンクルトワさんの鋭い眼と好奇心のあふれる姿に感心する。終了後、大仏殿へ参拝。

 

吉岡幸雄 色辞典吉岡幸雄 書籍
著者直筆サイン入り本もございます。

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四騎獅子狩文錦を法隆寺に御奉納

一昨年から、私の工房で大きな機をしつらえて織っておりました、法隆寺四騎獅子狩文錦がこのたびようやく織りあがって、法隆寺へ御奉納することができました。

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お水取り椿の造り花のための和紙染めが佳境に

東大寺のお水取り (修二会) のおりに十一面観音にささげる椿の造り花のための和紙染めが佳境に入っています。

一日3kgの紅花を水に浸けこみ、翌日、黄水洗いをして、藁灰の灰汁で揉み込んで赤色を抽出し、米酢を入れて木綿に染め、それを再び少量の灰汁に入れて濃い紅色にして、次に烏梅で発色させます。

翌日、それを羽二重の上に流して、その上にのこった輝くような紅の泥 (艶紅) を集めて、和紙に塗ります。

4〜5回塗って濃き紅にします。3kgの紅花で和紙がようやく3枚染めあがります。

2月20日に東大寺に納めます。2月23日が椿の花の花ごしらえの日です。

艶紅 (つやべに/ひかりべに) の色と解説は『日本の色辞典』紫紅社刊 42ページに解説されています。

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法隆寺伝来国宝「四騎獅子狩文錦」復元完成

空引機で古式にのっとり織りあげていた獅子狩文錦が五完全、法隆寺に今日まで伝来しているものと同じ大きさ (高さ2メートル50センチ、巾1メートル39センチ) に織りあがり機からおろしました。

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紅鬱金(べにうこん)

小紋染の着物の裏地に使われている紅鬱金

小紋染の着物の裏地に使われている紅鬱金

大寒に入ってからはますます寒さが厳しくなってきている。このようなことは十数年来なかったように記憶している。私の工房では、紅花染を毎日のように行なっていて、「寒の紅」といわれているように、この寒さが逆にありがたく、今年は鮮やかな色に染まっている。

紅花染は単独で色を濃く染めていく、いわゆる韓紅色 (からくれないいろ) が、王朝の女人たちに愛されていたが、その一方で支子 (くちなし) などの黄色をあらかじめかけておいて、その上に紅花を染めて、朱がかった色にすることも行われた。黄丹 (おうに/おうだん) というような色名で知られ、高位の人に着用されていた。

江戸時代になると、支子に代わって鬱金 (うこん) が、大航海時代の波に乗って日本へ将来されるようになり、鹿児島あたりなどの温暖な地で栽培さるようになった。それ以後、染料としてよく用いられるようになって、あらかじめ鬱金で鮮烈な黄色にしてから紅花をかけあわせる「紅鬱金」が染められるようになった。

とりわけ江戸時代の中頃をすぎる頃より、黒や茶地に小紋染あるいは縞、格子といった地味な着物が流行するようになると、表とは逆に、裏には派手な「紅鬱金」の絹を付けた。まさに裏勝りにして楽しんだのである。

紅花は血行をよくする薬としても知られていて、肌にそれが付いていると、血のめぐりがよくなるとも言われていたからでもある。

日本の色辞典韓紅黄丹紅鬱金の色標本と詳しい解説は
日本の色辞典』をご覧ください。
吉岡幸雄・著 (紫紅社刊)

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