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今月の工房だより

 この項を書いているのは2008年6月末日。私の工房のまわりには、染材となる植物が豊かに茂っております。実りの秋ならぬ、実りの梅雨の季(とき)であります。

 工房の門前にあるザクロは、真紅の花をたくさんつけておりましたが、早くも散りはじめて、白黄緑のガクとともに地面に落ちています。ザクロはもうじき実をつけて、日毎に大きくなっていくはずです。

 クルミも青い実をつけていて、これから外皮をまるく包んでいって、やがて落果します。

 紅花と蓼藍は、工房近くの巨椋池の田畑で栽培していただいています。紅花の開花が早く、先週、一番目の摘み取りをしました。

 蓼藍も、少し試みに刈りとりましたが、本格的な収穫は7月20日をすぎてからでしょう。梅雨のときには、十分な降雨があってほしいのですが、紅花の花を摘むときには、晴れ間があってほしいと思っています。

 それに早い台風がくると、稲が倒れたりするので、強い台風がこないことを祈るばかりです。








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兵庫県神崎郡福崎町の「妙法山蓮華寺」という御寺は、昨年(平成十四年)四月に新本堂建立百年および同寺収蔵の日像菩薩染筆とされる「曼荼羅御本尊」が伝えられてから四百年という記念すべき年を迎えられ、さらに八年に一度営まれる像師大法要がかさなった。それを機に本堂内にかかげる幡や袈裟などの制作を私どもの工房に依頼された。
そのおりに蓮華寺さんから、寺名の一字「蓮」の文様をテーマとして意匠(デザイン)していただきたいとのご要望があり、私どもは鎌倉時代に織られた蓮文様の錦などを参考に、植物染で糸を染めて華やかな織物を制作させていただいた。
昨年四月に行なわれた像師対大法要のあと、御住職から幡の制作工程や当日の法要の様子などを組み入れた記念の本を制作したいとの旨があり、現在もそれに取り組んでいる。
その流れのなかで榮井さんからひとつの提案があった。本の中表紙や扉に、蓮で染めた和紙を使うことはできないかということである。
私どもの工房では、今日まで蓮の葉や実を染料として使うことはなかった。榮井さんからのご提案で、私も遅まきながら蓮と染色について勉強を始めたのである。
中国においての紙漉きの技術が完成して、紙を華麗な色に染めたり、それに書いたり描いたりする技術が発展してきたのは五世紀前後とされるが、そうしたものは、七、八世紀にはすでに日本へも、仏教の伝来とともに将来されていたのである。
今回の、蓮による紙染をすすめてほしいとのご提案から、私が古い文献を探っていくうちに、正倉院に伝えられる文書で、天平六年(七三四年)に書かれたもののなかに「蓮葉染四十二張」という記述があることがわかった。正倉院には実際に蓮の葉で染めた和紙がかつては存在していたのである。
さらに、中国の明時代に編纂された『天工開物』という書物には、絹や麻、紙という繊維の種類は明らかにされていないが、「茶褐色。蓮の実の殻を水で煮出して染め、さらに青礬水を上にかける」という一文があることがわかった。
日本の奈良時代はさきの『正倉院文書』を見ると、葉で染色し、中国の明の時代(十五〜十七世紀)には実の殻で茶褐色に染めていたということは実に興味深いことである。
こうしたことから、私どもの工房でも、蓮で紙を染めてみようということになった。

兵庫県播磨地方にある杉原の里は奈良、平安の昔から紙漉の里として知られている。
蓮華寺さんもできれば地元の紙を使いたいとのご意向であったので、杉原紙研究所の井上所長にご無理を申しあげて、漉いてもらうことにした。
材料は楮(こうぞ)の皮を用いることにして、まずその黒皮、すなわち外皮をむいて、内側の白皮だけにして、山からの清流にさらしてから、灰汁で煮く。それを何度も叩いて、叩解(たっかい)して紙料とするのである。できあがった紙料を、工房に送ってもらった。
工房ではその紙料の到着を待って、染色にとりかかった。蓮の葉と茎は大きなステンレス製の鍋に入れて、水から煮出した。沸騰してから、三十分。液は淡い褐色である。いったん葉と茎をとりだしたあとに、さらに新しく水を加えて煮る。これを三度くり返して染液とした。そこに楮の紙料を入れて染色し、半日たってから、次に明礬という天然のアルミニウムの液に入れて発色させる。こうした工程を三日間繰り返していくと、紙料は黄色に少し茶色がまざったような色に染まった。
私たちの予想ではもう少し、茶色が強いかと思ったが、思いのほか黄みが強いのに驚いたのである。
このたびの蓮華寺さんのご依頼によって、蓮の染色という試みにより、あらためて古い文献を探り、実際に行なったことによっていくつかの発見をすることができた。
これも仏教にいう「縁(えにし)」であろうが、こうしたことを機会に、もっと広い視野をもたないといけないと反省しているしだいである。
ちなみに、今回もちいた蓮の葉は現在は薬草として売られているもので、利尿、止血、精神の沈静、腰痛、下痢などに効用があるそうだ。
蓮は古代より聖なる花として洋の東西を問わず崇められてきたが、また「医色同源」の植物でもあるわけである。


安石榴(ざくろ)の実

タイ国の小さな柿

櫨(はぜ)の木

アヒ(Aji)の種
【工房だより:十月】
10月に入って涼しくなってきました。工房の庭にも秋の気配がつよく感じられます。安石榴(ざくろ)の実が赤く色づいています。胡桃の実はすっかり木から落ちました。
私の父がタイ国から持ち帰った小さな柿がたくさん実をつけて色づいています。
今年から来年にかけて黄櫨染(こうろぜん)という色を染めることになり、染師の福田伝士さんが山から櫨(はぜ)の木をもらってきてくれました。ウルシ科の樹で、その芯にだけ黄色の色素を含んでいます。夏の強い太陽の光を受けないと芯の黄色は強くならないようです。
蓼藍も色を出す役目を終わって、花のあとに種をいっぱいつけています。木綿も茶綿と白綿のふたつの種類があって、もう枯れようとしています(木綿については、「思うままに」に詳しく記しています)。 これは染織とは直接関係ありませんが、トウガラシの源流である南米ペルー共和国で育成されているアヒ(Aji)の種を京都の韓国料理店「桃李園」の母子が育ててくれています。白い小さな花をつけていましたが、工房の鉢にも実がとれました。
コロンブスがアメリカ大陸を発見して、南米にアヒというトウガラシがあることを発見して、地中海沿岸の国に持ち帰り、それがやがて北半球全体に広まっていったのです。
イタリアのパスタ料理にペペロンチーノというものがあります。これはオリーブオイルにニンニクを入れ、トウガラシを細く刻んだソースのなかにスパゲティを入れてからめて食べる単純な料理ですが、人気が高いものです。韓国ではキムチ、日本ではトウガラシとジャコの煮いたん(煮物)、こうした料理はすべて南米からやってきた「アヒ」のおかげなのです。
トウガラシを口にするときは、その起源を思い、原産地南米を思い、コロンブスに感謝してみましょう。


紅花から染液を抽出する



紅泥を塗る吉岡



染められた和紙を乾かす
【工房だより:二月】
冬の紅花染め お水取りに和紙の椿
昨年の暮れから、例年になく厳しい寒さが続いている。京都は盆地なので、底冷えがして、からだの動きも少し鈍くなっているような気がしてならない。
私の染工房では、このところ毎朝、工房の前庭にしつらえた竈に稲藁を入れて燃やし、灰をつくる作業が続いている。寒いなか、竈の火をのぞいてしばし暖をとるのは、作業の間の楽しみのひとつである。
植物染の仕事をするうえで、その材料となる植物の草根樹皮を選定することは、極めて重要な要素であるが、それらの材料をつかってうまく美しい彩りに染めるためには、助剤となる灰も重要な役割をはたしている。
私どもは、植物染に用いる灰を、三種類を使い分けている。
冬の植物染に重きをなすのは、さきの稲藁の灰である。黒焼きにした灰を大きな樽につめて、その上から熱湯を注いで二、三日おいておく。その液には藁灰の成分が溶けていて、樽の下方にある栓をあけて液を取りだすと、灰汁ができるのである。
灰汁は紅花の赤を抽出するのに用いる。紅花の花びらには、赤と黄の二つの色素がふくまれているが、我々は鮮烈な赤がほしいわけなので、まず乾燥させた紅花の花びらを普通の水のなかで何度も揉んで黄味を洗い流してしまう。そのあと、藁の灰汁を注いで、さらに花びらを揉みこんでいくと、赤の色素が液に溶けだす。つまり、紅花の赤は、藁の灰汁のようなアルカリ性の液に溶けだすという性質をもっているのである。
このほか、椿の灰は、紫草の根で染めるときに発色剤として用いるし、櫟、楢などの堅木の灰は藍を建てるときに使う。
ところで紅花を染めるのには、寒さのなかでおこなうのがふさわしく、古くから「寒の紅」と呼ばれている。
とくに私の工房では、二月から三月にかけておこなわれる奈良東大寺のお水取り(修二会)のおりに、二月堂に鎮座する十一面観音に捧げる椿の造り花の紅花による染和紙をつくる仕事を仰せつかっているので、一月から二月にかけてはその仕事に専念する。
東大寺お水取りのはじまりは、天平勝宝四年(七五二)で、十一面観音に罪過を懺悔して罪の消滅とともに、天下泰平(せかいへいわ)、風雨順次、五穀豊穣、万民快楽を祈るという法行である。今日まで一千二百五十数回、一年たりとも休まずにおこなわれている、世界でも類を見ない行事である。
毎年東大寺とその末寺から十一人の連行衆が選ばれて、二月二十日から別火坊と呼ばれる戒檀院の庫裏にこもって、三月一日からの本行にそなえている。
私は今年の冬の紅花染を、とくに楽しみにしている。それはこれまで使っていた中国四川省産の品質の高い紅花と、山形県産の紅餅にしたものに加えて、本紙の九月の紙面でも紹介した三重県伊賀市の栄井功さんが栽培してくださった紅花も使えるようになったからである。
それぞれの紅花を混ぜないように作業をして、和紙に染めてみて、色の美のわずかな違いを見てみたいと考えている。
工房では、京都府綾部市黒谷という紙の郷で漉かれている楮手漉和紙に、椿の花の色にふさわしく濃紅に染めたものを六十枚、白を六十枚、そして花芯になる黄色を支子の実で三十枚染めて、東大寺に納めることにしている。
二月二十三日は、試別火(ころべっか)という修行期間のなかの、花拵えの日である。
連行衆と堂童子と呼ばれるお手伝いの人たちが円座になって作業ははじまる。
花の芯は、タラの木をけずって長さ三センチほどの五角形に整える。それに支子で染めた黄色い和紙を細かに裁ち目を入れて巻いて花芯とする。これに紅花染めの赤三枚と白二枚の花びらのかたちにした和紙を交互に貼ると、椿の花ができあがる。
その数およそ五百個が、昼までに完成していく。二月二十七日にそれらの造り花は、東大寺の裏の春日山から切り出された椿の生木に、あたかも咲いているように挿されて、三月一日の本業のおりに二月堂の十一面観音の周りに飾られるのである。
お水取りは毎夜夕暮れのあとの松明の灯りではじまる。お堂のなかはお燈明だけに照らされただけの陰影の深い世界であるが、濃き紅の花は、そのなかで鈍く輝いている。
今年もどうか美しく咲いてほしいと願いながら、染めの作業が今日も続いている。



日本橋高島屋展覧会
11月23日(水・祝)〜28日(月)
日本橋高島屋8階ギャラリー
東京都中央区日本橋2-4-1
TEL:03-3211-4111(代)
http://www.takashimaya.co.jp/tokyo
【工房だより:十月】
私どもの工房では、冬に紅花を染めるのに使う藁灰を、毎年秋の終わりになると準備する。
 しかし今年は一足早く、9月の下旬から稲藁を燃やしている。というのは、11月に東京日本橋高島屋で「源氏物語の色」と題した展覧会を催してもらうので、王朝の女人たちが愛した紅花の赤をこれから染めるためである。
 稲藁は、今日では貴重品である。それは、コンバインで稲を刈るようになり、穂をとったあと、藁は小さく刻まれて畑にまかれて残らないからである。
 昔のように、刈りとった稲を束にして、棚にかけて天日干しをする農家が少なくなった。
 そうした昔ながらの、しかも無農薬有機栽培をしておられるところから、特別に稲藁を分けていただいている。
 美しい色をあらわす植物の材料の調達も大切なことであるが、藁灰、そして紫を染めるための椿灰、さらには藍染の甕に入れる櫟などの堅木の灰と、私どもの工房では三種の灰の調達にも神経を配っているのである。







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【工房だより:九月-初秋の藍刈り-
立秋もすぎて、日ごとに秋の気配が感じられるようになりました。
今年は、5月、6月の気温がわりあい低く雨も低かったので、藍の生長がか
なり遅れていました。というのは、小雨なのは蓼藍の栽培にはよくないのです。周知のように、藍は「水藍」とも呼ばれるように、川の三角州や水田のような充分に湿り気のあるところによく育つ性質をもっているからです。
 私どもの工房の近くでも田圃に植えてもらっているので、水を早い時期から引いていただいて、ことなきを得ました。
 毎年なら、7月20日ころから刈りとるのですが、今年は10日ほど遅く、8月末になった現在、ようやく一番葉の刈りとりが終わるという状況です。
 刈りとった葉は、生葉染めに使います。それから大きな水槽に入れて、藍の色素を抽出して剥いで沈殿させて保存しておくのです。

【工房だより:六月】
 工房の一隅に、「げんのしょうこ」の花が咲いています。「げんのしょうこ」は、フクロウソウ科の多年草で、古くから茎や葉は下痢止め、健胃の民間薬として知られています。「現の証拠」と書き、その薬を飲むとたちどころに効果があらわれるのでこの名がついたといわれます。
 また、植物染料としても使われています。染色の手順は、葉や茎を水や湯で煮出して染液をつくり、布や糸をそのなかで繰って染めたのち、主に鉄で発色させます。染めあがった布や糸は、薄墨色となります。

【工房だより:三月】
 3月に入ると、冬の寒い間にだけおこなう紅花の染色もひとつの区切りを迎えます。
 これからは、紅花の種を植えて、栽培の準備をするようになります。今年はもう一カ所、伊賀上野市の方にも栽培をお願いしようと、先日、工房の福田伝士さんとともに畑を拝見しにいきました。
 また、蓼藍も3月下旬から4月上旬に種を蒔きます。

 今年も、7月2日から、ドイツで漆作家山本英明さん父子とともに展覧会が予定されており、その制作に励んでおります。
 6月〜8月にかけては、ギンザコマツ中央通りのウインドウの飾りをさせていただく予定です。
 11月には、日本橋高島屋で2年ぶりの展覧会もあり、染工房、織工房とも忙しくなりそうです。


【工房だより:一月】
 新しい年をむかえた。昨年の12月はまだ暖かであったが、暮れから正月にかけては京都の街にもときおり雪の舞う日もあって、厳しい寒さがまだ続いている。
 工房の前庭には、福田さんが運んできてくれる稲藁が高く積まれていて、例年どおりの冬の景をなしている。
そこに竈(かまど)があって、毎朝八時半をすぎるころに、火を入れて藁を燃やすのである。私どももそのそばに寄り、手をかざして暖をとったりして、10分ほどのくつろいだ時間となる。
その横には地下100メートルから汲みあげられている井戸水が伝わっていて、寒い朝は湯気がたっている。井戸水は冬でも14〜15度あるからである。
この藁灰は、紅花を染めるためのもので、毎日毎日2月の終わりまで燃やしつづけるのである。
近ごろの稲田では、コンバインによって稲刈りがおこなわれており、穂から米を収穫したあとは、藁は刻まれてそのまま田圃に蒔くようになっている。したがって稲藁を集めるのに苦労するわけであるが、私どもは伏見区向島の山田ファームさんに頼んでいる。
山田さんは有機無農薬にこだわって作物をつくりつづけている。稲も旧式に刈り取って、天日干しをしてから籾を採るので、昔ながらに藁がのこるのわけである。
燃やしたあとの灰は、大きなタンクにつめて、その上から熱湯を注いでおく。1、2日そのままにしておくと、その液には藁灰の成分が十分に溶けていく。それをタンクの下の穴から汲みだして貯めるのである。液は弱いアルカリ性になっていて、それで黄水洗いした紅花の花びらを揉むと、赤い液が溶出してくるのである。
紅花の染色に、藁灰は欠かすことのできないものなのである。

【工房だより:十二月】
実りの秋です。植物染の材料が続々到着しています。

黄はだの樹皮 刈安は伊吹山から1 刈安は伊吹山から2

ざくろの実も色づく くるみの実 近くの畑でとれた紅花は乾燥されて赤みをまして

なつめ 紫草の根は大分県より 藍の生葉から色素を取り出す







【工房だより:七月】
今年は夏の訪れが早く、暑い日が続いております。雨も台風のときだけで、空梅雨の気配も感じられ、作物の生長に関しては不安になります。

6月22日
京都市伏見区向島の山田ファームさんに栽培を依頼している畑へ行きました。
紅花がもう満開で、例年より1、2週間早いようです。
蓼藍の生育も順調のようです。

6月24日
紅花の花の摘み取りを始めました。
採ったあと太陽に当てて乾燥させますと、花びらはだんだんと赤くなっていきます。

【工房だより:四月】
今年は、桜のたよりも駆け足でやってくるような温かさである。寒いあいだは、私たちの工房では紅花染をもっぱらとしていて、藁の灰を毎日のように前庭にある竈で燃やして、その灰汁で、花から赤を搾り出すのである。

灰汁をとったあとの灰は、陶芸家の方々がとりにこられる。釉薬として使われるのである。

灰には、アルカリの成分が入っていて、染色にはそれを用いるわけであるが、それが、湯のなかに溶けていって抜けたあとにはケイ酸がのこる。それが高温で燃焼すると、陶器の表面をガラスのようになめらかにするのである。

日本は稲の国である。米を主食として生活し、そののこりの藁を灰にして、染色や洗濯、絹の練りなどのアルカリ性の溶液として使ったり、さらに陶磁器にも用いる。

また、藁は畳のなかに入れたり、納豆の包みなど、古くから日本人の生活にかかせないものであったのである。

四月になってさらに気温があがってくると、紅の色はさえなくなるので、その仕事はこの秋の終わりまでしばらくは休むことになる。
このところは椿の灰を造っている。この稿で何度も書いたように、椿の生木を燃やした灰には、アルミニウムの成分があるようで、紫根染、黄染、刈安染などをする場合には、媒染材、発色材として用いるので、いわばこれも工房の常備品なのである。

このところ、兵庫県姫路市に近い、福崎町の蓮華寺さんのお仕事をさせてもらっているが、そこの境内の椿の木の剪定をされたそうで、それをたくさんいただいた。

工房の福田伝士氏は、このところ朝、工房に来ると、その椿の木を燃やして、灰を毎日のように造っている。

かつては灰屋という商店がいくつもあって、紺灰座という藍染用のものがあったように、それぞれの用途に応じて灰を造っていた。

江戸時代の初め、灰屋紹益(佐野紹益)という豪商がいて、島原の名妓・吉野太夫を身請けしたという話がのこっている。灰屋は今でいう化学会社で、大きな商いであったようである。



工房のカマドで稲藁を燃やす。


【工房だより:十一月「稲藁を燃やす」】
秋冷の季節になって、朝晩は襟元や足先がだいぶひんやりしてきた。

もう工房では冬の支度にかかっていて、まず稲藁が運び込まれている。最近の農家では、稲をコンバインで刈り取って、すぐに細かく刻んで田に撒いてしまうので、むかしふうに、架稲に干して天日で乾燥させてから収穫する農家の方にとくに頼んで、稲藁を確保している。

工房の庭先の竹林に囲まれた場所に、高さ約1メートルのカマドが設えてあって、毎朝、その「貴重」な稲藁を燃やす。白い煙が竹の間から漂ってきて、玄関先を掃く弟子たちを包む。私の書斎にもそのちょっと懐しいような匂いが流れてくる。毎年くりかえされる、晩秋の朝の光景だ。

この稲藁の黒灰づくりは、寒の紅花染に欠かせない前奏曲のようなものである。

日本橋高島屋での吉岡展の模様:4つの写真でご覧ください。
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【工房だより:十月「高島屋展覧会を終えて」】
10月8日〜13日まで、日本橋高島屋で行いました「日本の色 天平の彩り 吉岡幸雄の仕事」展は、大勢の皆様にお越し頂き、大変ご好評を頂き、無事終了しました。

吉岡工房の面々は、会場の準備から撤収まで行い、忙しい一週間でした。

今度は、高島屋 二子玉川店及び、ギャラリー櫟での同時開催で「染司 吉岡幸雄 色のしつらえ」展が来月にあります。

是非、お誘い合わせの上、お越し頂ければと思います。

詳しくは、吉岡会をご覧下さい。

※会場の模様をご覧頂けるようにしました。宜しくお願い致します。

蓼藍のコンペイ糖のような赤い花


【工房だより:九月「今年の異常気象で」】
今年の異常気象は、九月に入って少しやわらいできたように思っていた。ところが、蓼藍の二番葉を刈る頃、つまり九月十五日をすぎる頃より、もう花が咲いてきてしまった。

例年なら、九月の末頃、三番葉が出てきて、それからコンペイ糖のような小さい赤い花が咲くのであるが、今年は冷夏だと思って少し油断したのがいけなかったかもしれないが・・・

それでも、山田ファームの方々の御努力によって、一番葉がとてもよく芽がなり、貯蔵出来たので喜んでいる次第である。

この秋からは、自家製の藍を多く使って、澄んだ藍色を目指していきたいと考えている。

長梅雨の影響で半分しか収穫できない紅花の畑


【工房だより:八月】
今年の夏は、入り口の梅雨が長くて、祗園祭の最中も山鉾巡行の日を除いては、雨かどんよりした雲に京都の空は覆われていた。しかも気温が上がらず、ふだんの暮らしは楽だったが、冷夏は工房の作業にも影響する。

この原稿を書いている7月29日でも、京都は梅雨明け宣言されたにもかかわらず、じとじとしたいやな天候である。

今年も、紅花と蓼藍を耕作してもらったが、紅花は開花する時期に雨が降り続いて、遠いところのものは全滅した。工房の近くのものは、ほぼ半分の量しか採れなかった。

いっぽう、蓼藍は、紅花に遅れて2週間ほどで収穫する。すこし黄みがかった葉がみられ例年より藍の色素が少ない。

ただ、藍はまた8月下旬にもう一度刈り取るから、そのときまでに夏がしっかり来ていれば、まあ心配はないだろうと思っているが……。