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鈴 虫
光源氏五十歳の頃、出家した女三の宮に対して、光源氏はその御殿の庭をととのえて、初秋のある日鈴虫を放った。そこで宴が催されたが、そこへ上皇になられた冷泉院よりお召しがあり、光源氏は息子の夕霧などともに参上した。冷泉院も気軽になられて、皆、直衣姿の軽やかな装いで出かけて、笛を吹いたりして楽しんだ。
人々の御車、次第のままにひきなほし、御前(ごぜん)の人々たちこみて、静かなりつる御遊びまぎれて、出でたまひぬ。院の御車に、親王(みこ)たてまつり、大将、左衛門(さゑもん)の督(かみ)、藤宰相(とうさいしやう)など、おはしける限り皆参りたまふ。直衣(なほし)にて軽(かろ)らかなる御よそひどもなれば、下襲(したがさね)ばかりたてまつり加へて、月ややさし上がり、ふけぬる空おもしろきに、若き人々、笛などわざとなく吹かせたまひなどして、忍びたる御参りのさまなり。
平安朝の男の夏の 直衣は、二藍(ふたあい)色といわれる。これは文字どおり、「蓼藍(たであい)」と、紅花を表わす「呉藍(くれあい)」を 掛け合わせ、染めるということで、藍系と赤系を掛け合わせると、 紫系の様々な色に染まる。
赤紫系は若い人の直衣、藍系でほんのわずかしか紅花を使わないのはやや年をめした方である。
この場面では、光源氏は、冷泉院、夕霧など、父子ほどの年の違う男たちが集うというところで、様々な二藍の色を見てもらうことにした。 これは、五島本「源氏物語絵巻」に描かれた一場面としてもよく知られているところである。
撮影/森 寛一
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