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若葉 下
光源氏が四十七歳の時、御賀が予定されていた。その正月二十日ころ、六条院では女楽があでやかに催された。
その場面は、そのおりに、光源氏が集まった女人たちを垣間見て、それぞれを花にたとえる場面である。
紅梅の御衣(ぞ)に、御髪(ぐし)のかかりはらはらときよらにて、火影(ほかげ)の御姿、世になくうつくしげなるに、紫の上は、葡萄染(えびぞめ)にやあらむ、色濃き小袿(こうちき)、薄蘇芳(うすすはう)の細長に、御髪のたまれるほど、こちたくゆるるかに、大きさなどよきほどに、様体(やうだい)あらまほしく、あたりにほひ満ちたるここちして、花といはば桜にたとへても、なほものよりすぐれたるけはひことにものしたまふ。
かかる御あたりに、明石はけおさるべきを、いとさしもあらず、もてなしなどけしきばみはづかしく、心の底ゆかしきさまして、そこはかとなくあてになまめかしく見ゆ。柳の織物の細長、萌黄にやあらむ。小袿着て、羅(うすもの)の裳(も)のはかなげなる引きかけて、ことさら卑下したれど、けはひ思ひなしも心にくく、あなづらはしからず。
撮影/森 寛一
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