若菜 上

 光源氏に女三の宮が輿入れした。その翌年の三月の終わりころ、六条院で開かれた蹴鞠には、柏木、夕霧らが加わっていたが、そのおり、御簾のうちに立って見物していた女三の宮の姿が、唐猫がさわいだために、御簾がめくりあがり、蹴鞠に興じていた柏木、夕霧に見えてしまった。これが柏木と女三の宮が出会うきっかけとなった。

 御几帳(みきちやう)どもしどけなく引きやりつつ、人気(ひとげ)近く世づきてぞ見ゆるに、唐猫のいと小さくをかしげなるを、すこし大きなる猫追ひ続きて、にはかに御簾のつまより走り出づるに、人々おびえ騒ぎて、そよそよと身じろきさまよふけはひども、衣の音なひ、耳かしましきここちす。猫は、まだよく人にもなつかぬにや、綱いと長く付きたりけるを、ものにひきかけまつはれにけるを、逃げむとひこしろふほどに、御簾のそばいとあらはに引きあけられたるを、とみにひき直す人もなし。この柱のもとにありつる人々も、心あわたたしげにて、もの懼(お)ぢしたるけはひどもなり。
  几帳の際すこし入りたるほどに、袿姿
(うちきすがた)にて立ちたまへる人あり。階(はし)より西の二の間の東(ひむがし)のそばなれば、まぎれどころもなくあらはに見入れらる。紅梅にやあらむ、濃き薄き、すぎすぎに、あまたかさなりたるけぢめはなやかに、草子(さうし)のつまのやうに見えて、桜の織物の細長(ほそなが)なるべし。

 そのおりの、女三の宮の姿は、文中あるように、桜の細長であった。この衣裳は、それを再現し、紅花染の濃淡を五色して、上に薄い生絹の織物をかけたものである。


撮影/森 寛一